昭和26年05月18日 衆議院 行政監察特別委員会

[258]
委員長代理 内藤隆
証人は国際癩対策意見書なるものを厚生省に提出したことがございますか。

[259]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
ございます。

[260]
委員長代理 内藤隆
あればその内容を簡単に御説明願います。

[261]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
癩は比較的文化の程度の低いところに蔓延するところの病気でありまして、わが国においては、かつては10万と称せられるところの患者がありまして、その当時政府の調査によりますと、毎年癩による死亡者が2000人と診断書に表われておりました。またその当時政府の統計によりましても、日本の全国に3万はありました。日本のみならず中国、インドにも、おのおの100万をもって数えるところの癩患者がおりました。これらは日本を除いては、まだ一つの系統的の予防策ができていません。



[264]
委員長代理 内藤隆
御仁慈のほどよくわかりました。日本の癩療養所に収容されておる韓国の癩患者について簡単にお述べ願います。

[265]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
朝鮮人の何は、日韓併合のころ、そのときも外国人というようなことで入った者がございますが、大正4年ごろには、ここにも表を差上げてありますが、それは収容力の3%くらいになっております。これは長島愛生園のことであります。そして昭和6年から7年と漸次に3%が3.20%になったり、4.13%になったり、昭和9年には4.27%というような数字になりまして、次第々々にふえて来て、4%から6%、7%というようなぐあいに、終戦のときになりますと、ずっとふえて、漸次にふえて参りました。

近年非常によけいに入って参るようになりまして、今は、昭和26年の4月現在では、1515人の患者がおりまして、9%約1割に近いようになって参りました。年々これはふえて来るのでありまして、これは愛生園の患者でありますが、全国の各療養所も昨年の考査委員会が開けるときに調査いたしましたときには、450人ばかりでありました。今は全国の10箇所の療養所に500人の韓国人が入っております。年々これは増加の傾向があるのであります。

[266]
委員長代理 内藤隆
その朝鮮の癩患者は密入国の人が多いのじゃないのですか。正式な手続をふんだ入国者でしょうか。

[267]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
どの辺から入るかということをまず申し上げたらば、よく御了解が行くと思いますが、朝鮮で癩のおるところは慶尚南北道、全羅南北道、この4道に約1万3000からの癩患者があるという総督府の調査があります。それから全朝鮮には2万人の癩患者がおるのであります。ところがこのころウィルソンという人が学会で報告したところによれば、朝鮮の癩患者は2万5000あるということを申しておられます。そういうようなことで、内地では1万1000人くらいになりましたが、朝鮮人はさっき申しましたように、年々内地に移動いたしますが、それが癩と言って来るのではなくて、割合に初期に来ますから、普通の検疫官あるいは役人とかいうようなものにはよくわかりません。それで内地に次第々々にふえて参りまして、いろいろの職業に、病気でありながら従事いたしておるわけであります。

[268]
委員長代理 内藤隆
そうすると、初期の関係上、これを患者として発見することができない……。

[269]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
そうであります。

[270]
委員長代理 内藤隆
そうすれば、まだまだそういうような表面に出ない患者が相当潜伏しておると思われますか。

[271]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
そう考えます。それで現在昭和26年の4月の調査によりますと、療養所に500人ほど入っておりますが、そのほかにまだ私どもは700人、合せて1200人ばかりはおるものと思うのです。朝鮮人の移動は一昨年は60万と申しておりましたが、今は100万くらいは入っておるものと思うのでありますが、そのうちに……。

[272]
委員長代理 内藤隆
そういう入国の状況あるいは経路というようなものを……。

[273]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
入国は釜山、麗水、それから木浦、その付近が癩の多いところであります。そのところから密入国者は小さな上荷というような船に乗ったりして、萩とか仙崎、下関それから福岡の諸港、そういうようなところに入って、炭鉱にもぐるとか、あるいは荷揚げ人足になるとかいうことで、次第次第に病勢が重くなっております。その入るところの種類は、一番危険な――病気は軽いけれども、皮膚の直下の紙一重のところにある皮下に、癩病の巣窟ができるわけです。それでいわゆる結節癩というものが多いのであります。

[274]
委員長代理 内藤隆
そうすると、そういう密入国して来る癩菌保持者は、もう自分は癩だということを意識しておるのですな。

[275]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
たいがいは意識しておるのであります。

[276]
委員長代理 内藤隆
そうすると、日本の癩療養の設備が相当に進歩し、完備しておるというような気持で、日本に救うてもらうという意味で来るのでしょうか。

[277]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
いやそうじゃありませんでしょう。本人は生活に窮しておるのだから、内地に職を求めるつもりで来るのでありましょう。まあ療養所に入るということは、それから数年たっていよいよ困って療養所に入る。今の500人という者は、相当な重症の者ばかりであります。それが4、5年から10年は内地の各所に潜伏しておるわけであります。

[278]
委員長代理 内藤隆
そうすると、そういう危険な病菌を持った1000人近い数の者が内地に潜伏しておるということは、まことに恐るべき事実だと思いますが、その密航して来る癩患者の取締りにつきまして、療養所側として何か要望するところがございましたら、お述べを願いたいと思います。

[279]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
それでむろん開港検疫というようなところで、早くその専門家を置きまして、検診するようなことも必要であろうと思うのでありますけれども、これを早く看破するという方法がまだ行き届いていないのであります。もう一つは、これらの結節癩は内地に入りまして、内地の婦人をめとりまして、子供が生れる。朝鮮人の生活というものは、狭いところの室内に多数の者が寝起きをする。そしていつも昆虫――南京虫とかはえとか、のみとか、しらみとか、それから最も媒介するものはかいせんであります。かいせんを持っておって、それがその子供にうつるわけです。それで自分の、日本人あるいは朝鮮人に生ました子供に、親の病気がうつるわけなんです。そういうような者が続々と発見されて、今の療養所に入って参るのです。それでこのごろ入る者は、10人患者が来ますれば、そのうちの3人は朝鮮人の癩であります。それで次第々々にふえる一方であります。

[280]
委員長代理 内藤隆
そうしますと、そういう恐るべき菌を持って密入国をして来る者に対しまして、検疫及び密航者の密航癩の発見後の処置が現在の状態ではとうてい満足されるはずはないのですが……。

[281]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
そうでございます。

[282]
委員長代理 内藤隆
何か具体的なこれに対する対策でもお考えでございましたら、述べていただきたい。

[283]
証人(国立療養所長島愛生園長) 光田健輔
以前朝鮮人の取締りは、かなり厳重にやられたようでございましたが、近年はどうも軽いのが初めに入って来るからでございましょう、すぐ帰すというようなことも、このごろはゆるんでおるので、初めの、まだ日韓併合にならぬ当時は帰してもいいというようなことになっておりましたが、その後次第々々に日本の工業が盛んになり、従って日本で発病したようなものとみなされて、療養所――そのときはもう朝鮮は日本の属国でありましたから、もし癩患者を発見したときは、各療養所に入れるべしというような内務省の方針にかわりまして、それがずっと続いておるわけであります。

それに戸籍等も、内地の療養所でもこれは秘密厳守ということになっておりまして、内地の癩患者でも、名前をほんとうに正当に言う者は少いというくらいになっておりますし、むろん朝鮮の患者も、言葉は日本語をよくしゃべって、また子供のときから入っておる者では、ほとんど日本人とかわるところがないから、三重県とか、あるいは愛知県などというようなところの人と一つも違わないような形になっております。それがおいおいに、これは元朝鮮から来た者であるということが、療養所でもようよう発見されるというようなことで、これを早期に見破ることは、なかなか困難なごとく思えるのであります。

それでさっき500人と申し上げたのは、いろいろその身元を探り探って、そうして出た数字であります。日本で生れて、親が癩病でうつしたような子供は、三重県人とか、あるいは愛知県人とか、あるいは兵庫県人であるというようなことで、次第々々にわからぬようになって参るのであります。それではたして朝鮮人であるということの実証が上ったときに、これらの内地で生れたような子供も、どういうふうにしたらよかろうかということは、もう今日は疑問の中にある。

[284]
委員長代理 内藤隆
他に御質問はございませんか。他に御質問がなければ、光田証人に対する尋問はこれにて終了いたしました。証人には遠方どうも御苦労さまでございました。