平成11年12月14日 参議院 外交・防衛委員会

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社会民主党 田英夫
これは、日本ではほとんど知っている人はいない。私も実はごく最近まで知らなかったんですけれども、第二次世界大戦が終わった直後のまだ朝鮮半島が南北に分断をする前、李承晩政権が韓国で誕生する以前の1948年4月3日に、自分たちの祖国が分断をされるという動きが出てきていることに抗議をして、済州島の島民が武装蜂起して反対闘争に立ち上がった。これに対して、占領していたアメリカ軍も関与したと思われるんですが、実際に手を下したかどうかはわかりませんが、朝鮮側の官憲がこの民衆を殺りくして、名前がわかっているだけで1万5000人、不明者を含めると恐らく3万人の島民が殺されたと言われている事件であります。

私がこれを詳細に知りましたのは、実は昨年の8月、その済州島で、平和と人権に関するシンポジウムというのを韓国の人たちが主催して、NGOが主催してやりまして、そこにラモス・ホルタという東ティモールの例のノーベル平和賞をもらった人と、なぜか私が呼ばれて基調演説のようなことをやらされたわけですが、そのシンポジウムの主な目的はこの済州島事件の解明ということにありました。

韓国でも、実は米軍が関与していたということもあってこの問題については長らくタブーになって触れることができなかった。それが、金大中政権ができたからとは言いませんけれども、そのシンポジウムには韓国の金大中さんの与党の国民会議の議員も数人来ておりましたが、そういう中でかなり詳細に現地の島民の人たちの証言も出てまいりました。明らかになってきたところであります。

きょう、私があえてこれを取り上げようとしているのは、今、韓国の議会でこの問題についての法案が審議をされております。したがって、このことはこれから申し上げますけれども、日本の政府に対しても相当大きな影響が出てくると思われますので、あらかじめそれを申し上げておきたいわけです。

当時の状況は、私ども敗戦の中で混乱状態にありましたから、私も既に社会に出て新聞記者をやっていましたが、全くこの済州島事件は知りませんでした。当時、日本が敗戦ということになりまして日本の朝鮮半島植民地支配が終わった直後の段階では、朝鮮半島全土で朝鮮建国準備委員会というのができて、これは民間から自然発生的にできたようですが、略称を建準と言っているようです。こういう組織ができて各地にその支部ができた。済州島にもそれができた。この人たちが中心になって蜂起をしたようでありますが、こういう背景の中で、同時に一方で李承晩政権が生まれようとしていた。ということは、李承晩政権が生まれれば朝鮮半島分断が現実化してしまう、このことにこの建準、建国準備委員会の人たちは反対をしたわけですね。

したがって、いきなり戦争が終わった直後にもう南北朝鮮が分断したんじゃなくて、朝鮮の人たち自身は自分たちの手で一つの国をつくろうとした。にもかかわらず、これに対して、占領していたアメリカ軍は、この建国準備委員会は左翼勢力であるという判断をしてこれを弾圧し始めたという経緯があります。そういうことの中で結局李承晩政権ができて、そして弾圧でさっき申し上げたような事態につながっていったようであります。

現在、韓国議会で審議をされております法律案は、済州島四・三事件真相究明及び犠牲者名誉回復に関する特別法案という名前の法案で、与野党が話し合った結果一本化して、与野党合意の上で一本化した法案になって現在審議が行われている、こういうことであります。

第1は、済州島事件というのは、四・三事件というのはどういうものかという規定をしている。それは、事件の起こる前の年の1947年の3月1日にいわゆる三・一事件、日本に抗議したあの事件の記念日の集会で青年が殺されたということから始まって、そしてずっと行って1954年、朝鮮戦争が終わった後の1954年の9月21日に、完全にその蜂起した勢力は平定されてしまうわけですが、それまでの間全部を済州島事件というというふうに規定をされています。

そして、これに対して、今までタブーで真相がわからなかったから、日本でいえば総理大臣、国務総理を委員長とする済州島四・三事件真相究明及び犠牲者名誉回復委員会というものを設置する。それから、その実際の活動をするために済州島知事を委員長とする実務委員会をその下に設置するというようなことが内容になっておりまして、現実には、結果をまとめた白書を出すとか、あるいは慰霊碑をつくり慰霊祭をやる、それから資料館をつくるというようなことがこの法案の中に入っているそうであります。

きのう、韓国側の人に電話で聞きましたら、もちろん与野党一致して出しているものだから、これは通るだろう、間もなく年内に成立する。となると、時間がありませんから申し上げますが、本法施行から30日以内に韓国の在外公館は犠牲者及びその遺族に申告するように手続をとるべきである、とらなければならないという規定があるということです。

そうすると、日本に実は在日韓国人・朝鮮人、特に韓国の人の中に済州島出身者が非常に多い、これはそのときに逃れてきた人たちだと言われています。となると、その中から申請する人が出てくる、申告する人が出てくるだろう。ということになると、あの当時は、実は密入国者の扱いをしていた。実際はこれは政治亡命者として、あるいは政治難民として遇さなくちゃいけなかったんじゃないかということで、日本政府の対応を迫られることになります。

きょう、突然こういうことを申し上げて、お答えにくいと思いますが、お耳に入れておきますが、外務大臣のお考えを最後に伺って、終わります。

[102]
外務大臣 河野洋平
私も最近、済州島へ参りまして、済州島の方から日本にはこの島から行かれた人が大変多いんだという話を聞いたばかりでございます。

いろいろな経緯で日本へ来られた方がおられるので一概に言えないことだと思いますが、今、田議員から済州島事件についてお話を伺いまして、もうすぐ50年になるわけですが、50年前のこうした事件についても、その歴史的評価をきちんとしようという韓国、そしてさらにアメリカも加わっての作業がどういうふうに行われるか、それもよく見させていただきたいと思います。

日本におられる方々を政治難民として扱うべきだという今の御指摘でございますが、これはどういうふうに対応ができるか、突然のお尋ねで、私、ここで御返事を申し上げる材料を持っておりません。今の御指摘を踏まえて、ちょっと研究させていただきたいと思います。